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モザンビーク出身の織田信長の家臣

先日、モザンビーク在住のポルトガル人パイオニア夫妻がザンビアに遊びに来ていて夕食を共にいただくことができた。

実は彼らは日本のゲームの大ファンでその話で盛り上がったわけだが日本の文化自体も好きだそうで特に"SAMURAI"についてある事ありもしない事を熱く語ってくれたりもした。そのような理由からか日本のゲームでも特に好きなのは何かと聞いたら"Nobunaga's Ambition"との事。一瞬、何じゃそれ?と思ったがすぐにあの"信長の野望"であることがわかった。海外ではこれはもうかなりマニアックな部類のゲーマーである。

そんな彼が, "ところで弥助(ヤスケ)ってしてるかい?"と聞いてきたのでサスケのことかと思って"ああサスケね"と答えたら"違う!サスケじゃなくてヤスケだ!"と断言した。"それは知らない"と答えると、実は弥助という織田信長の家臣がこの信長の野望シリーズにでてくるそうでなんと彼はモザンビーク人なのだそうだ。しかも彼は"弥助が本当に日本史に存在した実在の人物である"と言ってきた。"いやそれはあくまでゲーム上の人物設定だろ!"と突っ込みを入れたのだが、彼は日本人なのに弥助を知らないのかみたいな勢いだったので、すぐにスマフォで店のWiFiにつないでググってみた所なんと本当に実在していたらしい事がわかり"いやぁごめん弥助が実在した人物だなんて知らなかったよ"と釈明した所、彼的には日本人より日本の歴史に詳しい俺はさすがだみたいな優越感に浸る事が出来たらしくその瞬間、満開の笑顔をみせてくれた。

で、この弥助はどのような人物かというと、1581年3月27日にイタリア人でイエズス会の宣教者アレッサンドロ・ヴァリニャーノの奴隷として日本に共に上陸したらしい。史記によれば織田信長をはじめ全ての日本人は黒人を見るのが初めてだったらしく見物人が殺到して死傷者が出ることもあったという。信長自身も肌に墨を塗っているのではとなかなか信用せず着物を脱がせて洗わせたという記録がイエズス会の『日本年報』という文献に残っていたりする。

さらに『松平家忠日記』の中には1582年5月11日付けで「名は弥助、身の丈六尺二寸(約187cm)、黒人男性、身は炭のごとく」と人物像を伺わせる一文と信長が弥助を非常に気に入り家臣にした記録が残っていたり、史記『信長公記』の中にも家臣の一人として「切支丹国より、黒坊主参り候」「十人力の剛力」「牛のように黒き身体」との記述がなされているようだ。別の文献によれば長篠の戦い以降勢力が衰えた武田勝頼の領地である駿河、信濃、甲斐、上野へ織田信長が侵攻した武田征伐合戦の時には信長の側近として従軍までしている。

有名な本能寺の変の際には本能寺に信長と共に宿泊しており明智光秀の襲撃に遭遇している。二条御所に行って戦った末、明智軍に捕縛されてしまったが光秀により「動物で何も知らず日本人でもない」との差別的な理由で処刑は免れイエズス会の南蛮寺教会堂に送られたらしい。その後の記録は一切残っていないので消息はいまだに不明である。

↓弥助の想像図・・・美化されすぎのような。
0244.jpg

ちなみに弥助の出身国といわれるモザンビークにおいてはこの話が "黒人が奴隷として扱われていた時代でも日本の侍は差別することなく家臣として重要な任につかせた" という美談として語られているらしい。私的には織田信長が新しいものを取り入れる事を躊躇しなかったという彼らしい性格のイイ面がよく表れていると思う。キリスト教の布教を許したり、火縄銃を用いた新しい戦法を考案したり、アフリカ人を家臣にしたりと当時の日本にとっては革新的な事を行った信長はやはり世界でも人気のある武将の一人であるようだ。むしろ、いままでのやり方が正しいだの伝統がへったくれだの言ってる日本人はもう少し信長ように新しい事をやったほうがいいと思う。

こんな感じでこのポルトガル人ゲーマーと楽しい時間を過ごすことができたというわけ。旦那様がゲームの話や日本の"SAMURAI"について熱く私に語ってくれている間、奥様といえばひたすら飲み食いしていて呆れている様子だったので、ひとダンラクした所で話題を変えようと思ったら、今度は奥さんが"Nintendo"について熱く語り始めて、スーパーマリオブラザーズのすばらしい点などを説明してくれたりした。夫婦そろってゲーム大好きなようである。私自身はフライトシュミレーション系のPCゲームを除いて、ゲームはほとんどしなかったし今もあまりしていないので話についていくのが大変なくらいであった。彼らによるとモザンビークの自宅にはポルトガルからわざわざ持ってきたプレステとWiiとxBoxが置いてあるそうだ。日本にはまだ上陸した事がないそうだが近い将来絶対に行く事にしてるらしい。

それにしてもこの弥助の話は私にとっては久しぶりに新鮮で興味深い雑学であったとこのポルトガル人パイオニア夫婦に感謝している。
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